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見事だAdobe、日本の組版は欧米ソフトが救う確か、Illustrator7.0が発売される前であった。私が勤めている会社にAdobeのある偉い方が訪れた。私は技術部レベルの人間が『機能うんぬん』の要望を出すよりも『デザインの現場でギリギリ自分の納得のいく制作物』をつくり出している人々、そしてその人々の中でもより先進的である方々、あの当時Web上で『日本のDTP技術を向上させようと努力を惜しまない』方の電子掲示板を利用させてもらい、アンケートに協力していただいたことがある。 その、要望はIllustratorでは反映されていなかったようであるが、見事InDesignでは実現されている。 先日のInDesign日本語版発表時、日本のワークフローの理解…という言葉が頻繁に吐かれていたが、Illustrator7.0が発売される以前から、調査をしていたのではないか…。 ずいぶん前のPageにて、住友金属のブースでこう問い合わせたことがある。 『エディカラーでは、このようなことが出来るようにするような予定はあるのか?』 この言葉に対し、 『エディカラーのウリは、高度な組版を行うことができるということ。そのようなことを行いたいのであれば、Quarkを使用すればいいのではないか。』 という回答をいただいたことがある。 『だからダメなんだ!』ということを書きたいのではなく、業界標準であるQuarkは、組版能力が貧弱であっても、ユーザーが使用したい“何かが”存在するはずである。『それが何か?』そしてQuarkを超えるソフトウエアをこの世に送りだしたいのであれば、『Quarkの良い点+α』というソフトウエアを生み出すのか、最優先ではないか…と言いたいのである。 Adobeの場合、InDesign日本語版を発売するにあたり、私は以下のような『身の回りの整理』を行ったように思えてならない。
さて、ごちゃごちゃといろいろ書いてきたが、何を言いたいかをまとめてみる。 Adobeが実行するあるゆる物事には、1本筋が通っているのである。その筋が動脈であり、動脈から枝別れした血管は、すべて動脈に流れつくのである。 今回の日本語版InDesignが大成功した場合、中国、韓国でも成功するという大きな筋があるのではないかと私は感じている。 技術大国日本が戦争に負けたのは、成りゆきによる戦い方。そして、戦いに対してデータ収集を行わない体質。ランチャスターの法則が全く見えない、結果を考慮していない戦い方であったのではないか。 その体質は、現在でもかわっていないような気がする。 欧米のメーカーが日本の文化である日本語組版を吸収し、我々日本人が使用することになりそうである。 SONYが、アメリカの文化を買った!と叩かれたことがある。日本の文化である言葉を記号に表した『日本語』をAdobeが買った!は、あの頃のSONYと同じ、アメリカ人と同じ感情になるべきなのかもしれない。しかし、Adobeを救世主と感じさせ、喜びを思わせるのは、何なのか?と、少々複雑な気持ちになる。2000年2月18日は、日本人にとって、日本人が思っているよりも、重大発表があった日なのかもしれない。 (000220) |
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